異世界最悪の大罪人(4話~7話)


【第4話 ピンチ】

〇森の中(夜)


焚き火の前で座っているアルファとベータ。


ベータ「産まれたばかりの赤ちゃんに『走れ』って念じたらどうなるんだ?」


アルファ「人間の赤ちゃんは走れないから、力は無効になる。何も念じていないのと同じよ」


前方の藪で草が激しく擦れる音がする。


アルファ・ベータ「!」

と、前方の藪に視線を移す。


鳥のような生物が藪の中から空に飛び立つ。


アルファ・ベータ「・・・」

と、焚き火に視線をもどす。


音もなくアルファとベータの背後に忍び寄る3人の黒服の男。


2人の黒服の男がアルファとベータを背後から左右に倒して地面に押さえつける。


アルファ「え!?」


ベータ「なんだ!?」


黒い帽子を目深にかぶったリーダーの男、ベータの目を布で目隠しする。


ベータ「!」


続いてアルファの目も布で目隠しするリーダー。


アルファ「ちょっと、何なの!? 放して!」


ロープで縛りあげられるアルファとベータ。


手下A「ありました、秘宝です」

と、アルファのポケットから取り出した秘宝をリーダーに見せる。


アルファ「!」


リーダー「こいつらを魔獣車に乗せろ」

と、手下Aから秘宝を受け取る。


手下B「はっ!」


アルファ「目的は何!? 私たちをどうするつもり!?」


リーダー「何も教える気はない。黙ってろ」


ロープで縛られたアルファとベータを連れて行く手下Aと手下B。


リーダー「拘束しているとはいえ、油断するなよ。こいつらは2つも秘宝を奪ってるんだからな」


手下B「はっ!」


アルファ「ベータ・・・私、縛られて目隠しされてるんだけど。そっちは?」


ベータ「俺も同じだ」


アルファ「(小声で)念じた?」


ベータ「(小声で)いや」


馬車のような乗り物があり、馬の代わりに四足歩行の魔獣がいる。


正方形の部屋に入れられるアルファとベータ。


手下Bも部屋に乗り込む。


アルファとベータ、目隠しされたまま縛られた状態で座らされる。


アルファ「・・・この状況はやばいわ。最悪よ」

と、顔に汗をにじませて呟く。


手下A、外から部屋の扉を閉めて鍵をかける。


リーダーと手下A、魔獣車に乗って魔獣に鞭を打つ。


魔獣車が森の中を進んでいく。


〇魔獣車の中(夜)


窓も何もない部屋の中で座っているアルファとベータ。


2人を見張っている手下B。


アルファ、背後にある壁に体を勢いよく当てて、壁の材質を確認する。


手下B「無駄だ、爆薬を使っても壊せねえよ。外側からしか開けられないようになってる。囚人を連行するためにつくられた部屋だからな」


アルファ「あなたたちは何者なの? 私たちをどこに連れていく気?」


手下B「教えねえよ。リーダーに何も話すなと言われてる」


アルファ「目隠しされると、すごく怖いんだけど。なんで目隠しするの?」


手下B「顔を見られないようにするためさ。リーダーは用心深い人だからな」


アルファ「縛られたままでもいいから外の景色が見たいなー」


手下B「残念ながら、この部屋には窓がない」


アルファ「そう、つまらないわ。ねえ、暇だから何か話さない?」


手下B「雑談ならしてやってもいい」


〇魔獣車の外(夜)


魔獣に鞭を打ちながら話しているリーダーと手下A。


手下A「ボスの言う通りでしたね」


リーダー「たしかにな。大したものだ」


〇魔獣車の中(夜)


アルファと手下Bが話している。


アルファ「今まで行ったところで一番驚いた場所はどこ?」


手下B「・・・魔獣の国だな」


アルファ「行ったことあるんだ! いいなー、何に驚いたの?」


手下B「とにかくいろんな種類の魔獣がいたことに驚いた」


アルファ「今まで一番笑えた魔獣って、どんな姿の奴?」


手下B「顔が星型の魔獣だな」


アルファ「(爆笑して)私も見たことある! 本当に星型だったよね」


ベータ「・・・」


アルファ「あー、あなたと話すの本当に楽しい! 私、話してるだけで、あなたに惚れちゃったかも」


手下B「そうかい?」


アルファ「あなたの顔、見てみたいな。どうせ私は秘宝を奪ったことで死罪になるわ、最後に惚れた男の顔を見てから死にたいの」


手下B「目隠しを取れってか?」


アルファ「目的地に着く前に、また目隠しすればリーダーにもバレないでしょ? 後生の頼みよ。あなたの顔が見てみたい」


手下B「・・・まあ、オレの顔なら別に見てもいいけどよ」

と、アルファに近づいて目隠しを取る。


アルファ、手下Bの顔を見つめる。


手下B「どうだ? 惚れた男の顔は?」


アルファ「私の理想とする顔とは違うけど、本当にドキドキするくらい魅力的!」


手下B「そうかい?」


アルファ「私はどう? よく美人だって言われるんだけど」


手下B「ああ、綺麗な女だよ」


アルファ「嬉しい! なんか興奮してきちゃった。ねえ、私といいことしない?」


手下B「さすがにロープはほどかねえよ」


アルファ「縛ったままで大丈夫。私、あなたを絶対に満足させる自信があるわ」


手下B「ほう。じゃあ、やってもらおうか」


アルファ「その前に、あの男の目隠しも取ってくれない?」


手下B「なんでだ?」


アルファ「私、見られてる方が燃えるの。あなたを本気で昇天させちゃう」

と、色っぽい顔で手下Bを見つめる。


手下B「いいだろう、本気でやってもらおうじゃねえか」


ベータの目隠しを取る手下B。


手下B「よし、おっぱじめようか」

と、自分のズボンに手をかける。


アルファ「(焦った顔で)あ、その前に凄いものを披露してあげる」


〇魔獣車の外(夜)


話しているリーダーと手下A。


手下A「あとは魔獣車ごと崖から落として海に沈めるだけですね」


リーダー「ああ」


手下A「しかし、なぜその場で殺さずに、わざわざ海に沈めて殺すんでしょうか?」


リーダー「理由はオレも知らない。ボスの指示に従うだけだ」


手下A「ですが、仲間ごと海に沈めるというのは・・・」


リーダー「あいつは使えない。ここで処分する。オレが決めたことに反対する気か?」


手下A「(焦って)い、いえ! 反対する気など微塵もありません!」


リーダー「仮に今あいつがそれに感づいたとしても、もう遅い。中から部屋を開けることは絶対にできないし、部屋の中で何が起ころうと外から開けてやるつもりもないからな」


〇魔獣車の中(夜)


アルファとベータ、手下Bを見つめる。


自分のズボンに手をかけたままの手下B。


手下B「凄いもの?」


アルファ「ええ。あなたの心を読む」


手下B「オレの心を?」


アルファ「あなたの一番の悩みを心の中で言ってみて」


手下B「・・・」


アルファ「ヴァイリッシュから評価を得られないこと」


手下B「(驚いた表情で)なっ!」


アルファ「ヴァイリッシュって、リーダーの名前?」


手下B「馬鹿な・・・」


アルファ「凄いでしょ。この力をあなたも手に入れることができるって言ったら?」


手下B「本当か!?」


アルファ「ええ。この力を手にすれば、リーダーからの評価もあがるんじゃない?」


手下B「どうすれば手に入れられる?」


アルファ「簡単よ。今から5分くらい私の言った通りにするだけで手に入れられる」


手下B「ロープをほどけって言うのか?」


アルファ「ううん、縛ったままで大丈夫。私たちを逃がしたりする必要はない」


手下B「逃げられないのに、おまえに何の得があるんだ?」


アルファ「遺言を両親に伝えてほしいの。あとで住所を教えるから」


手下B「・・・いいだろう」


〇魔獣車の外(夜)


魔獣に鞭を打つ手下A。


手下A「海に魔獣車を沈めたら、どうなって死ぬんですかね?」


リーダー「魔獣車の部屋の天井と床には、目に見えないサイズの通気用の隙間がつくられている。海に落とせば、その隙間から水が入って、部屋の中が水で満たされ溺れて死ぬ」


手下A「いくら中で暴れても部屋は壊れませんし、絶望的な溺死ですね」


〇魔獣車の中(夜)


座禅している手下B。


アルファ「そう、そのまま心の中で自分のことを間抜けだと思って」


ベータ、吹き出して笑う。


座禅をやめて立ち上がる手下B。


アルファ「別にふざけてるわけじゃないわ。ちゃんとやらないと力を手に入れられないわよ」


アルファのもとに近づいてくる手下B。


アルファ「(後ずさりして)え・・・ちょっと」


アルファのロープをほどき始める手下B。


ベータ「5分経過」


ほっとした表情のアルファ。


手下B、ベータのロープをほどく。


ベータ「この部屋を内側から開ける方法を教えろ」


手下B「(人形のように)外からしか開けられません」


ベータ「わかった。俺の指示があるまで待機」


手下B「はい」


ベータ「どうするんだ? 内側からじゃ開けられないみたいだし」


アルファ「外から開けてもらうしかないわね」


〇魔獣車の外(翌日・夕方)


地図を見ているリーダー。


リーダー「ここだな?」


手下A「はい、到着しました」


リーダー「よし、おりて魔獣車を海に沈めるぞ」


魔獣車が止まる。


リーダーと手下Aが魔獣車からおりる。


ブザーのような音が魔獣車から聞こえる。


手下A「部屋の中で何かあったようですね」


リーダー「無視しろ」


リーダーと手下A、魔獣車の後方に歩いていく。


部屋の鍵を開けようとしているリーダー。


手下A「(困惑した表情で)え・・・」


リーダー「なんだ!?」


部屋の扉を開けるリーダー。


アルファとベータ、部屋から出てくる。


アルファ「運転ごくろう」


リーダー「っ・・・妖術か」

と、体が震えて動かない。


ベータ「あんたたちの目的地の記憶を捏造させてもらったわ。ここはね、私たちが狙う次の秘宝の場所なの」


リーダー「なんだと・・・どうやって?」


アルファ「魔獣車には部屋の中から外に緊急事態を伝える隠し窓とブザーを鳴らす装置があるってことを、あんたの部下から聞き出したの」


部屋の奥にいる手下B、壁をスライドさせて隠し窓を見せる。


アルファ「隠し窓には、内側からスライドさせて外を見れるものと外側からスライドさせて部屋の中を見れるものが、いくつか設置されてるみたいね」


隠し窓から魔獣車の運転席が見える。


アルファ「部屋の内側から外と連絡をとる手段はあると推測してた。密室の部屋に部下を入れてることからね」


ベータ「オレの能力は相手の姿を見れば、相手を思い通りにできる力だ。どれだけ窓のガラスが厚かろうと関係ない」


アルファ「だから、隠し窓からあんたたちを見て、目的地の記憶を捏造して誤認させた」


リーダー「(手下Bを見て)・・・目隠しを取ったのか、どこまでも無能な奴め!」


アルファ「無能な部下に秘宝を2つも奪った力をもつ私たちを任せたあんたも、じゅうぶん無能だと思うけど」

と、リーダーに手を差し出す。


リーダー「くっ・・・」

と、ポケットから秘宝を取りだす。


アルファ「あんたを意志のない操り人形にしないで、意識があるまま操ったのは屈辱を与えるためよ。私たちを不意打ちした罰としてね。あんたらのボスについては聞き出したから、また別の機会に報復させてもらうわ」


リーダー、アルファに2つの秘宝を返す。


アルファ「これから、あんたたちの記憶を捏造する。私たちを殺して、うっかり秘宝を道端に落としたっていう記憶にね。その偽の情報をボスに伝えるように操作する。私たちを殺したという嘘が後日発覚すれば無能なリーダーの出来上がり」


リーダー「(悔しそうな表情で)・・・くそったれ!」


ベータ「その顔が見たかったのよ、すっきりした。ベータ、念じて」


リーダーを見つめるベータ。


ベータ(M)「1分間眠って、昨日からの記憶を失い、オレとアルファを火あぶりで焼き殺したという記憶と、秘宝を道端に落として、やけになり酒を飲んで酔っぱらって魔獣車でここまで来たという記憶をもち、そのことをボスに報告したあと気絶しろ!」


手下Aと手下Bを順番に見つめて念じていくベータ。


草陰に隠れているアルファとベータ。リーダーと手下たちが眠っている。


アルファ「時間になるわ」

と、懐中時計を見つめる。


リーダーと手下Aと手下B、順番に目覚めていく。


リーダー「・・・オレたちは、あいつらを焼き殺して、秘宝を落としちまったんだよな?」


手下B「はい、そうです・・・」


リーダー「海に落として殺す指示だったのに、なんで焼き殺しちまったんだ。おまけに秘宝を落としましたじゃあ、ボスに何て言われるか」


手下A「しかし、報告しなければ・・・」


リーダー「わかってる! ちくしょう、行くぞ!」


魔獣車にリーダーと手下たちが乗り、走り去っていく。


アルファ「間違いなく能力が発動してるわね」


立ち上がるアルファ。


アルファ「さあ、秘宝を奪いに行くわよ」


ベータ「ああ」


アルファ(M)「(にやりと笑んで)ここならベータに甘い考えを捨てさせることができる」

と、山の中を歩きだす。


(続く)





【第5話 赤面】

〇山の中(夕)


歩いているアルファとベータ。


前方に木でつくられた門が見える。


門の下に十代半ばくらいに見える美少女が一人で立っている。


美少女に近づいていくアルファ。


アルファ「すいません、ここに住んでる人ですか?」


ルベラ「はい、ルベラといいます。私は里の案内人です」


アルファ「私たちは旅の者で、宿を探してるんですけど」


ルベラ「でしたら、ご案内します」


アルファとベータ、ルベラのあとについていく。


遠くに木の棒が一定間隔で並んで地面に埋められている。


ルベラ「あの棒より先は魔獣のテリトリーなので、絶対に入らないでください」

と、木の棒を指差す。


ベータ「入ったら、どうなるんですか?」


ルベラ「殺されても文句は言えません。人間のテリトリーでは殺生を禁じていますが、魔獣のテリトリーでは禁じられていませんから」


前方から歩いてくる狩人の男性。


狩人「ルベラちゃん、今日も可愛いね。山の様子はどうだい?」


ルベラ「(笑って)今日は狩りをするなら西の方角が一番ですね」


狩人「ありがとう。行ってくる」


ルベラ「頑張ってください」


門に向かって行く狩人。


アルファ「ここには秘宝があるっていう噂を聞いたんですけど、本当ですか?」


ルベラ「はい、ありますよ」


アルファ「最近、物騒な事件が起きてますよね。秘宝の警備は大丈夫ですか?」


ルベラ「優秀な戦士が警備にあたっているので問題ないですよ」


アルファ「何人くらいで警備してるんですか?」


ルベラ「私は詳しく知らないのですが、全員が回復魔法を使える一流の戦士です」


アルファ「回復魔法?」


ルベラ「敵から攻撃を受けても致命傷でなければ回復魔法を使って治療できます。この里には呪いを受けたりした者が回復魔法による治療を求めて多く訪れます」


遠くにある魔獣のテリトリーで3匹の魔獣の姿が見える。


一匹の魔獣が羽交い絞めされて、もう一匹の魔獣に殴られている。


ベータ「(一方的に殴られている魔獣を見て)・・・」


ルベラ「人間のテリトリーでは、あのようなことは起きないので安心してください」


ベータ「ちょっと待ってください、あの殴られてる魔獣を助けます」


アルファ「ベータ、魔獣同士の争いなんだからほっとけばいい!」


ベータ「魔獣とか人間とか関係ないだろ!」


アルファ「魔獣のテリトリーに入るのは危険よ!」


ベータ「一方的に殴られてるのを見過ごすことなんてできない」


ルベラ「(驚いた表情で)・・・」


魔獣のテリトリーに向かって走っていくベータ。


ルベラ、ベータについていく。


アルファ「(顔をしかめて)・・・」


魔獣のテリトリーの前で立ち止まるベータ。


ルベラ「どうする気ですか?」


ベータ「・・・時間がかかるけど、相手を眠らせる催眠術を使います」

と、遠くにいる3匹の魔獣に向かって手の平を向ける。


ルベラ「催眠術?」


しばらくして、3匹の魔獣が地面に倒れる。


ルベラ「凄い!」


ベータ、魔獣のテリトリーに足を踏み入れる。


ルベラ「え! 向こうに行くんですか?」


ベータ「あのままほっといたら、2匹の魔獣が目を覚ましてまた同じ状況になるから」


アルファとルベラはテリトリーの境界線に立ったまま、ベータの歩いていく姿を見つめる。


ベータ「(殴られていた魔獣に)立てますか?」


魔獣「・・・いや、無理そうね」


ベータ「オレにつかまってください」


魔獣「悪いわね」


ベータ「女性の魔獣さんですか?」


魔獣「そうよ。私は女」


殴られていた魔獣と一緒に人間のテリトリーにもどるベータ。


ベータ「回復魔法を使える人はどこに?」


ルベラ「ちょっと距離があります。近くに私の家がありますから、そこで応急処置しましょう。こっちです」


ベータ、魔獣と一緒にルベラについていく。


ルベラ(M)「おばあ様、私にはこの人が悪い人のようには思えません・・・」


〇ルベラの回想


老婆の家の中で座っているルベラ。


老婆「里に訪れた者から秘宝の話題がでたら、まず私のところに連れて来なさい」


ルベラ「おばあ様のところにですか?」


老婆「秘宝を奪う者が現れたという噂があってな。道案内すると嘘をついて必ず私の家に連れて来なさい」


ルベラ「わかりました」


(回想終了)


〇ルベラの家(夜)


床で横になっている魔獣。


ルベラ「とりあえず、これで応急処置は完了です。もう夜ですし、みなさん今日は私の家に泊まっていってください」


ベータ「ありがとうございます。あの、ご両親は?」


ルベラ「父と母は戦士なんです。今日は秘宝を守る担当なので、帰ってきません」


ベータ「そうなんですか」


アルファ「トイレはどこかしら?」


ルベラ「そこを出て左です」


アルファ、トイレに向かって歩いていく。


ルベラ「ベータさんって、優しいですよね」


ベータ「(苦笑して)そうかな?」


ルベラ(M)「それに、カッコいいし」


ベータを見つめるルベラ。


ルベラ「・・・あの人は恋人さんですか?」


ベータ「いや、違います。仲間ですよ」


ルベラ「(嬉しそうに)そうなんですか!」


熱い視線をベータに送るルベラ。


ベータ(M)「なんか、熱視線を感じるような・・・」


トイレからもどってくるアルファ。


アルファ「お風呂はあるかしら?」


ルベラ「ありますよ。そこを出て右です、自由に使ってください」


アルファ「じゃあ、そうさせてもらうわ。ベータ、一緒に入るわよ」


ベータ「!?」


ルベラ「えっ!?」


アルファ、ベータに近づき腕をつかむ。


ルベラ「恋人同士じゃない男女が一緒にお風呂に入っちゃうんですか!?」


アルファ「そうよ。仲間同士でも一緒に入るの」

と、ベータの腕を強く引っ張って連れて行く。


ベータ「(わけがわからないという表情)」


〇洗面所(夜)


アルファ、ベータと一緒に洗面所に入って扉を閉める。


ベータ「(赤面しながら)おい、本気で!?」


アルファ、自分の口の前で人差し指をたてる。


ベータ「!」


アルファ「(小声で)静かに。今から内緒話をするわ」


ベータ「・・・」


服を着たまま風呂場に入るアルファとベータ。


アルファ「(小声で)今回の秘宝を奪うには、絶対に敵を殺さないとダメ」


ベータ「!?」


アルファ「(小声で)地下のときみたいに時間指定して敵を眠らせても、回復魔法を使える戦士が起こしにきたら、私たちは終わりよ」


ベータ「・・・」


アルファ「(小声で)今回は絶対に敵を殺すのよ」


〇ルベラの家(夜)


そわそわして落ち着きのない表情のルベラ。


洗面所のほうからアルファが歩いてくる。


ルベラ「(アルファを見つめて)・・・」


アルファ「あー、気持ちよかった」


ルベラ「! お、お風呂で何してたんですか?」


くすりと笑うアルファ。


アルファ「何って、入浴以外にすることあるの?」


ルベラ「(赤面した表情で)・・・ベータさんは?」


アルファ「長風呂よ」


洗面所のほうへ歩いていくルベラ。


アルファ「・・・」


ルベラ、ドキドキした表情で洗面所の扉の前に立つ。


扉が開いてベータが出てくる。


ルベラ「ひゃっ!」


ベータ「ああ、お風呂ありがとうございます。さっぱりしました」


ルベラ「(赤面しながら)よ、よかったです」


時間経過。


布団を敷くパジャマ姿のルベラ。


左端の布団の上で魔獣が横になっている。


右端に布団を敷くルベラ。


ルベラ「ベータさんの布団はこっちです、どうぞ」


ベータ「ありがとうございます」

と、右端の布団の中に入る。


魔獣の右隣に布団を敷くルベラ。


アルファ「・・・」


ルベラ、ベータの横に布団を敷いて自分が中に入る。


ルベラ「アルファさん、どうぞ」

と、魔獣と自分の間にある布団を手でさす。


アルファ「なんで、ベータの隣があなたなの?」


ルベラ「ど、どこに寝ようと関係ないじゃないですか」


アルファ「(余裕の表情で笑み)別にいいけど」


電気を消すと窓から月明りが入ってくる。


ルベラ、ベータの方を向いて好意の視線をおくる。


ベータ(M)「やっぱり、熱視線を感じる・・・」


〇ルベラの家の前(翌日・朝)



魔獣が横になった木製の担架のようなものにロープをくくりつけるベータ。


ベータ「じゃあ、回復魔法が使える人のところに行こう」

と、ロープを引いて担架を引きずっていく。


アルファ「なんで私たちがそこまでする必要があるのよ?」


ルベラ(M)「悪い人じゃなくても、おばあ様のところには一度連れて行かなきゃ」


アルファとベータ、ルベラについていく。


〇老婆の家(朝)


老婆の前に立っている一人の女性。


老婆「ルベラが旅人を連れていたと狩人から報告されてる。ここに人が訪ねてきたら、外に出て、覗き穴から私を見なさい。もし私が合図を出したら、すぐに動くんだよ」


女性「わかりました」


〇山の中(朝)


ベータ、魔獣が横になった担架を引きずって歩いている。


ルベラ「(笑顔で)あ、妖精だ」


ルベラの肩にのる妖精。


ベータ「それが妖精?」


ルベラ「はい。共通語は話せないんですけど、みんないい子で」


前方から鍛冶屋の男性が歩いてくる。


鍛冶屋「おはよう、ルベラちゃん。町の様子はどうだ?」


ルベラ「朝は人が少ないですね」


鍛冶屋「そうか、だったら里を出るのは午後からにしようかな」

と、去っていく。


〇樹木の枝(朝)


妖精たちが遊んでいる。


〇山の中(昼)


木でつくられた家の前に立つアルファ。


アルファ「留守じゃなきゃいいんだけど・・・」

と、ドアをノックしようとする。


〇老婆の家(昼)


老婆と女性が話している。


玄関のドアがノックされる。


老婆・女性「!」


老婆が無言でうなずく。


女性、素早く裏口から外に出る。


老婆「・・・」


女性、外から覗き穴で部屋の中の様子を見る。

老婆「・・・入りなさい」


玄関のドアが開かれる。


鍛冶屋の男性が疲労困憊の表情で立っている。


老婆「!」


鍛冶屋「重傷を負った魔獣を連れて来ました。回復魔法で何とかならないでしょうか?」


鍛冶屋の背後に魔獣をのせた担架がある。


〇山の中(昼)


家の玄関の扉を開けるアルファ。


部屋の中に一人で座っている長老。


長老「・・・君たちは誰かな?」


アルファ「ちょっと、道に迷ってしまって」


ベータ「(長老を見つめる)」


長老の家の前で、ルベラが地面に横たわって眠っている。


〇回想・ルベラの家


13時間前。


風呂場で内緒話をしているアルファとベータ。


アルファ「(小声で)今回は絶対に敵を殺すのよ」


ベータ「・・・」


アルファ「(小声で)あと、あの子は私たちを騙そうとしてる」


ベータ「(小声で)え?」


アルファ「(小声で)秘宝を奪われた話が広まってるみたいなの。それで、警戒してる老婆のもとに秘宝の話題を出した私たちを連れていく気よ」


ベータ「(小声で)どうして、そんなことが・・・」


アルファ「(小声で)私は心が読めるから。詳細なことまではわからなかったけど、秘宝を奪うまでの時間がないのはたしかよ。明日には秘宝を奪うことを決行する。おそらく、あの子に里の長の家まで能力を使って案内させることになるわ」


ベータ「(小声で)里の長?」


アルファ「(小声で)この里の長老が秘宝の警備の鍵を握ってるみたい。とにかく、全員が寝床に入ったら、能力を使ってあの子と魔獣を眠らせて。そのあと、あの子から詳しい情報を聞き出すのよ」


ベータ「(小声で)・・・わかった」


アルファ「(小声で)じゃあ、私はお風呂に入るから。ベータは私の次に入って」

と、服を脱ぎ始める。


ベータ、赤面して風呂場から出ていく。


時間経過。


ベータたち四人が一列に布団の上で横になっている。


ルベラ、ベータの方を向いて好意の視線をおくる。


ベータ(M)「やっぱり、熱視線を感じる・・・」


ベータ、ルベラの方に顔を向ける。


ルベラ「(赤面する)!」


ベータ(M)「6時間眠れ!」


ルベラ「(ドキドキながらベータを見つめる)」


ベータ「・・・」


天井に顔を向けるベータ。


ベータ(M)「なんか、照れるな・・・」


ルベラ「・・・夜は長いですよ」


ベータ(M)「え? どういう意味だ!?」


時間経過。


すやすやと眠っているルベラ。


布団から起き上がるベータとアルファ。


アルファ「魔獣にも念じた?」


ベータ、頷く。


ベータ「ルベラさん、寝言でオレたちに秘宝について詳しく教えてくれ」


ルベラ「(寝言で)はい」


時間経過。


アルファ「・・・なるほどね。ベータ、急いで行くわよ」

と、立ち上がる。


ベータ「何しに?」


アルファ「秘宝を守る戦士を殺すために決まってるでしょ?」


ベータ「!・・・」


アルファ「急がないと警戒が強まって手遅れになる」


玄関に向かって歩いていくアルファ。


ベータ、アルファについていく。


アルファ(M)「(笑みを浮かべて)うまくいった。もし甘い能力の使い方をすれば、ベータは思い知ることになる・・・」


(続く)





【第6話 衝撃】

〇回想・ルベラの家


アルファとベータ、眠っているルベラを見る。


ベータ「ルベラさん、寝言でオレたちに秘宝について詳しく教えてくれ」


ルベラ「(寝言で)はい」


アルファ「秘宝の警備はどうなってるの?」


ルベラ「秘宝は洞窟にあって、回復魔法を使える5人の戦士が守っています。洞窟へと続く1つの出入口を4人の戦士がそれぞれ結界装置を作動させて4つの結界で塞いでいます。残り1人の戦士は洞窟の外で隠れて出入口を監視しています。結界を持続させるには戦士が装置に触れている必要があります。外から結界の中に入ることはできません」


アルファ「その結界を消す方法は?」


ルベラ「結界の内側にいる戦士が結界装置に触れるのをやめたら消えます。強引に外側から消そうとしても1つの結界につき20分はかかります」


アルファ「結界から秘宝までどのくらい距離がある?」


ルベラ「4つの結界は数メートル間隔で並んでいて、結界から秘宝の場所までは15分かかります」


アルファ「秘宝の場所に行くには、その出入口を通るしか方法はないの?」


ルベラ「あとは長老しか知らない隠し出入口があって、長老の家から30分で秘宝の場所まで行けるそうです」


アルファ「結界を担当していた戦士が意識を失ったとして、結界の内側で倒れている戦士を外から回復魔法で治療することはできる?」


ルベラ「はい、魔法は結界の影響を受けません」


アルファ「秘宝周辺で異常なことが起こればどうなるの?」


ルベラ「緊急事態として、監視役の戦士が鳥を使って周囲に住む戦士たちに伝えます。そうなると、10分以内に洞窟の出入口に大勢の戦士が集まります。秘宝が奪われたら、警報音が里中に鳴るので、同じように大勢の戦士が集まります。それと、秘宝を手に取った瞬間に隠し出入口は20分間だけふさがれて、長老の家と洞窟を行き来することはできなくなるそうです」


アルファ「もし秘宝を奪おうとしている者が現れたとしたらどうなる?」


ルベラ「秘宝が奪われる可能性が高い危機的状況の場合は、すぐに戦士の中の誰かが秘宝を別の場所に隠します。秘宝を隠した戦士は里を出るので、場所は誰もわからなくなります。侵入者は拘束されたら、目と耳もふさがれます」


アルファ「一度でも失敗すれば秘宝の場所がわからなくなるってわけね・・・私たちのことは、あんたが連れて行こうとした婆さんに報告されてるの?」


ルベラ「おそらく私たちを見かけた誰かが報告してると思います」


アルファ「もたもたしていられないわ・・・長老の家はどこにある?」


ルベラ「洞窟の近くに一人で住んでいて、道が特別で里の者にしか案内できません。行き帰りの道は無数にありますが、どの道からでも最低1時間はかかります。この家からだと3時間かかります」


アルファ「結界を守ってる戦士たちの交代時間は?」


ルベラ「夜中の3時に結界を担当する4名の戦士たちが交代します」


アルファ「監視役の戦士と結界を担当する戦士が交代するときに通る道はある?」


ルベラ「この家の玄関から出て、ちょうど1キロまっすぐ進むと大きな道があり、結界を担当する交代予定の戦士たちが夜中の1時に通ります。監視役の戦士の交代時間や通る道は指定されていません」


アルファ「・・・なるほどね。ベータ、急いで行くわよ」

と、立ち上がる。


ベータ「何しに?」


アルファ「秘宝を守る戦士を殺すために決まってるでしょ?」


〇回想・山の中


夜中、北に向かって話しながら歩いているアルファとベータ。


アルファ「以上が作戦よ。私たちが捕まらずに秘宝を奪うにはこの方法しかない。だから、戦士たちは必ず殺すのよ」


ベータ「・・・」


〇回想・戦士たちが通る道の近く


深夜に草陰に隠れているアルファとベータ。


アルファ「(小声で)来たわ」


4人の戦士たちが歩いている。


ベータ、戦士を順番に見つめていく。


アルファ「(小声で)念じた?」


ベータ「(小声で)ああ」


〇回想・ルベラの家の前


深夜に帰ってくるアルファとベータ。


アルファ「あとは、あの子に明日長老の家まで案内するように念じればいい。ただ、操り人形にすることはやめた方がいいわ。あの子は里の者とコミュニケーションをとってるから、途中で里の者と会えば、会話から怪しまれる」


ベータ「じゃあ、連れて行くはずの老婆の家を、長老の家と勘違いするように念じればいいんだな?」


アルファ「その通り。帰り道も案内させるから長老の家に着いたら眠らせて」


〇回想・山の中


朝、ルベラとアルファの歩く後ろで、魔獣がのった担架をひきずっているベータ。


ベータ「限界だ、重すぎて疲れた」

と、地面に座る。


アルファ「しっかりしなさいよ」


ルベラ「ちょっと休憩しましょうか」


ベータ「ルベラさん、腕のマッサージをお願いしてもいいですか?」


ルベラ「(赤面して)え!?」


ベータ「適当でいいんで、お願いします」


ルベラ「(赤面しながら)わ、私でよければ・・・」


鍛冶屋の男性が引き返してくる。


鍛冶屋「なあ、そのケガしてる魔獣、回復魔法を使える婆さんのところに連れて行くんだろ?」


ルベラ「はい」


鍛冶屋「オレが連れて行くぜ。そこの兄ちゃん、非力そうだしよ。オレの方が早く運べる。ケガしてる魔獣にとっても、それが一番いいだろ」


ベータ「ありがたいです。お願いしてもいいですか?」


鍛冶屋「任せろ」

と、担架のロープを持つ。


ベータ「ルベラさん、マッサージの続きをお願いしてもいいですか?」


ルベラ「(赤面して)は、はい! こうですか?」

と、ドキドキしながらマッサージする。


鍛冶屋、魔獣がのった担架を老婆の家に向かって勢いよくひきずっていく。


アルファ(M)「・・・なるほど。あの男を操って、長老の家を経由せずに魔獣を回復魔法が使える者のところへ早く送って治療させるのね。マッサージをさせるのは、この子の目をそらすためか」


〇回想・長老の家の前(昼)


最後の階段をのぼるアルファとベータとルベラ。


ルベラ「この家です」


ベータ「眠ってくれ」


眠って倒れそうになったルベラを支えるベータ。


アルファ「長老を見たら、すぐに念じて」


玄関のドアの前に立つアルファとベータ。


アルファ「留守じゃなきゃいいんだけど」


ドアをノックするアルファ。


長老の声「入れ」


玄関のドアを開けるアルファ。


部屋の中に一人で座っている長老。


長老「・・・君たちは誰かな?」


アルファ「ちょっと、道に迷ってしまって」


ベータ「(長老を見つめる)」


アルファ「もしかして、この里で一番偉い方ですか?」


長老「・・・ワシはただの呆けた老人じゃよ」


アルファ「(にやりと笑む)」


(回想終了)


〇老婆の家(昼)


床で横になっている魔獣。


老婆「もう大丈夫だろう」

と、回復魔法を使うのをやめる。


魔獣「ありがとうございます」


〇長老の家(昼)


長老を見つめるアルファ。


アルファ「ベータ、念じた?」


ベータ「ああ」


長老「・・・何の話をしている?」


アルファ「呆けた老人には関係のない話よ」

と、懐中時計で時間を確認する。


長老「・・・」


アルファ「年寄りが一人でこんな場所に住んでるのは危ないんじゃないかしら?」


長老「道に迷ったと言ったな?」


アルファ「ええ」


長老「ここは道に迷ってたどり着ける場所ではないんじゃがの・・・」


アルファ「誰に教えてもらったか知りたいの?」


長老「・・・」


アルファ「そう警戒しなくてもいいわよ。雑談したら出て行くから」


長老「雑談?」


アルファ「おじいさん、昨日の夕飯は何食べた?」


長老「昨日・・・ワシは散歩したな」


ベータ「・・・」


〇ベータの回想


アルファとベータ、夜の山の中を二人で歩きながら話している。


アルファ「明日の昼に長老の家から秘宝を奪いに行く。結界の交代に行く戦士を見つけたら、『明日の正午に結界を解除したあと、もう一度結界を作動させた状態にして死ね』と念じて。そうすれば、敵の動きは予測できる」


ベータ「どんな予測だ?」


アルファ「緊急事態とみなし、結界を外から1時間以上かけて消して侵入者を追い詰めるか秘宝を移動させようと敵は動く。でも、私たちは秘宝を奪い20分後に隠し出入口を使って逃げるから捕まらないってわけ。敵が長老の家に来たとしても、長老を操って追い払えばいい」


ベータ「・・・」


アルファ「何度も言うけど、地下の時と同じように時間指定して敵を眠らせたりしても、監視役の戦士が異変に気付き近寄って、外から回復魔法を使われでもしたら、眠ってる戦士が目を覚ます可能性がある」


ベータ「・・・回復魔法」


アルファ「以上が作戦よ。私たちが捕まらずに秘宝を奪うにはこの方法しかない。だから、戦士たちは必ず殺すのよ」



(回想終了)


〇長老の家(昼)


話しているアルファと長老。


アルファ「おじいさん、今年で何歳?」

と、懐中時計を確認する。


長老「ワシは巨乳の女が好きじゃ」


アルファ「(笑って)呆けたふりはもういいから」


長老「失礼な。ワシは呆けてない」


アルファ「・・・あと30分したら食事を届けに弟子が来る、それまで時間を稼げばいい」


長老「(驚いた表情で)!」


アルファ「あんたの頭の中なんて、最初から筒抜けよ」


長老「・・・貴様」


アルファ「これからあんたは弟子に偽の指示を出して、私たちはあんたしか知らない道を使って秘宝を奪いに行く」


長老「なんじゃと・・・」


アルファ「呆けたふりはもうしないの?」


長老「(覚悟した表情で)秘宝を奪われれば里に災いがふりかかる。たとえ、この身をバラバラに引き裂かれようと隠し道のことは教えん!」


アルファ「(勝ち誇った顔で笑み)いいや。あんたは殴られるのが怖くて秘密を全て話したと、里の者たちに泣いて詫びることになるでしょうね」


長老「・・・たわけたことを」


長老、操り人形のような表情になる。


アルファ「5分経過」


長老の部屋に入っていくアルファとベータ。


アルファ「あんたしか知らない秘宝への道はどこ?」


長老「この家の外にある穴から30分で秘宝の場所まで行けます」


アルファ「秘宝を守ってる戦士の状況を把握する方法はあるの?」


長老「洞窟の出入り口の映像を映す鏡が部屋にあります」


アルファ「その鏡を出して、映像を映して」


長老「はい」

と、鏡を取り出してくる。


1つの鏡に2つの映像が映る。


片方の映像には結界の内側にいる戦士たちが映り、もう片方には秘宝が映っている。


アルファ「弟子が来たら、弟子を含めて誰もこの家に近づかないように命令して」


長老「はい」


アルファ「さあ、あと5分後には秘宝を守ってる戦士が死ぬから、それを確認したら隠し道を通って秘宝を奪いに行くだけね」


〇ルベラの家(昼)


帰ってくるルベラの両親。


ルベラの母「ルベラ? どこにいるの?」


ルベラの父「里の門で案内係をしてるのかもしれない」


〇長老の家(昼)


懐中時計を見るアルファ。


アルファ「時間だわ」


鏡に映っている戦士たちが結界装置から手を離して結界を解除する。


戦士たち、もう一度結界を作動させて結界装置に足を当てたまま倒れる。


アルファ「・・・」


ベータ「秘宝を奪いに行こう」


アルファ「まだよ。監視役が来て、回復魔法を使っても死んだ戦士が起き上がらないことを確認しないと」


ベータ「・・・」


しばらくして結界の外から監視役の戦士が駆け寄ってくる。


監視役の戦士、倒れている戦士に向かって結界越しに手をかざしている。


倒れていた戦士が起き上がる。


アルファ「・・・死んでない。どういうこと!?」


ベータ「眠れって念じたから」


アルファ「馬鹿なの!? このままだと結界を解除されて秘宝を別の場所に移されるわ!」


ベータ「(得意顔で)そうならないように、回復魔法を使われるたびに結界装置が近くにあれば、結界を持続させろって念じておいたんだ」


アルファ「・・・甘い考えは捨てろって忠告したわよね?」


ベータ「言っただろ。オレは世界を滅ぼすまでは誰も殺さない」


鏡に映る戦士を見つめるアルファ。


アルファ「・・・ちょっと待って」


目が覚めた戦士、結界を解除する。


アルファ「結界を解除してるわよ!?」


ベータ「・・・え?」


一番外側の結界が消えている。


ベータ「(驚きの表情で)なんで・・・」


結界の内側で倒れている戦士に向けて結界越しに手をかざしている2人の戦士。


2つ目の結界の内側で倒れていた戦士が起き上がる。


アルファ「・・・まさか」


長老を見るアルファ。


アルファ「(長老に)戦士が使う魔法は回復魔法じゃないの!?」


長老「はい。戦士が使う魔法は解除魔法です」


ベータ「・・・解除魔法?」


アルファ「やられた・・・あの子は嘘を教えられていたのよ」


ベータ「!?」


(続く)





【第7話 悪魔】

〇長老の家(昼)


長老を見つめるアルファとベータ。


ベータ「嘘って・・・」


アルファ「(長老に)戦士が回復魔法を使えるとルベラに嘘を教えていたの?」


長老「この里では戦士が回復魔法を使えると子供に教えます。成人したら、戦士が解除魔法を使えると本当のことを教える決まりです」


アルファ「それはどうして?」


長老「解除魔法は里にとって切り札であり、外部に知られてはならないことです。子供から秘密が外へ伝わることを防ぐためにそうした決まりがあります。回復魔法を使える者は里に1人しかいません」


アルファ「解除魔法って、呪いとかに使う魔法ね?」


長老「はい、呪いなどを解除することができるレアな魔法です。機械でつくられた結界などは解除できません」


アルファ「その解除魔法で、ベータの力を解除したってわけか」


ベータ「!」


アルファ「秘宝を守ってる戦士が操られたように結界を解除して再び作動させたあと倒れたら、戦士たちはどう動くの?」


長老「緊急事態とみなし、戦士の誰かが秘宝を隠そうとします」


アルファ「あんたには隠された秘宝の場所が伝わる?」


長老「伝わりません。隠す戦士しか場所は知らないです」


アルファ「秘宝が隠されたら、それを探す方法はある?」


長老「ありません。すぐに秘宝を隠した戦士は里を出るので、里で秘宝の隠し場所を知る者はいなくなります」


アルファ「隠した戦士が里の外で死んだら、秘宝の隠し場所をどうやって知るの?」


長老「里には緊急時に使う大きな金庫があり、鍵を閉めたら2年間は誰も開けることができません。秘宝を隠す戦士は隠し場所を記入した紙を他の戦士に渡し、紙を金庫に入れる戦士と秘宝を隠して里を出る戦士にわかれて洞窟から出ます。なので、2年後に金庫を開けると秘宝の隠し場所がわかります」


アルファ「でも、秘宝の場所を変えれば里に恵みをもたらす効力が失われるはずでしょ?」


長老「この里の秘宝は新しい場所に移して、そこから秘宝を動かさなければ、2年後に再び恵みをもたらす効力を発揮します。秘宝を奪われたら恵みがなくなるだけでなく、里に災いがふりかかります。そうなるくらいなら、場所を移して2年だけ恵みがないことを選択するように決まっています」


アルファ「洞窟から金庫までは片道どのくらいかかる?」


長老「10分で着きます」


アルファ「戦士たちが秘宝のもとにたどり着いてから秘宝を隠して里を出るまでにどのくらい時間をかけるものなの?」


長老「30分以内に全てをやり遂げて里を出ると決まってます」


〇洞窟内(昼)


4名の戦士が秘宝のもとに向かって走っている。


戦士A「4つの結界が一度に消えたから、何者かが洞窟内に侵入してる可能性がある!」


戦士B「敵が何らかの魔法を使うことは間違いない!」


〇長老の家(昼)


長老に質問しているアルファ。


アルファ「あんたの家はどの場所からでも片道1時間かかるような仕組みになってるみたいだけど、隠し道以外でもっと早く他の場所へ行ける方法ってあるの?」


長老「ありません。洞窟以外の場所へ行くには最低でも1時間はかかります」


アルファ「戦士に秘宝を隠すのを中止させる方法はある?」


長老「ありません」


アルファ「・・・終わりだわ」


ベータ「!」


アルファ「もう私たちは里の秘宝を手に入れることができない」


ベータ「まだ・・・何か方法が・・・」


アルファ「ないわよ。仮に戦士が眠った瞬間に私たちが隠し道を通って洞窟に行ってたとしても、秘宝を隠す戦士を追うことは時間的に間に合わなかった。金庫に先回りすることもね」


床に崩れ落ちるアルファ。


ベータ、アルファの後ろ姿を見る。


アルファ「世界の仕組みを変えるには1年以内に秘宝を全て集めなきゃいけないのに、2年も秘宝を隠されるだなんて・・・もう打つ手がないわ」


ベータ「・・・」


アルファ「これで、みんな地獄に落ちて苦しむことになる。ベータ、あんたのせいでね」


ベータ、鳥肌が立ったような表情を浮かべる。


ベータ「(動揺した顔で)・・・オレのせい?」


アルファ「そうよ。あんたが甘い考えを捨てて戦士を殺してれば、私たちは秘宝を奪えてた」


ベータ「・・・」


アルファ「あの地下で会った小さな子供も、外で眠ってるあの子も、死んだら地獄に落ちるの。あんたが地獄に落とすようなもんよ。あんたの甘さのせいで、この世界の全ての住人は死んだあと絶望のどん底に突き落とされる」


ベータ「(戦慄する)」


アルファ、自分の顔を両手で覆う。


〇長老の家の前(昼)


眠っているルベラを妖精が揺する。


ルベラ、目が覚める。


ルベラ「・・・あれ、私・・・なんで」

と、起き上がる。


大きな警報音が鳴り始める。


ルベラ「!」


〇洞窟内(昼)


秘宝を手に取っている戦士A、秘宝を隠す場所を紙に記入している。


紙を折りたたむ戦士A。


戦士A「今から金庫に急いで行って、これを入れてくれ!」

と、隣の戦士に紙を渡す。


戦士B「わかった!」


戦士C「あとは秘宝を隠して里を出るだけだ! 急げ!」


〇長老の家(昼)


大きな警報音が聞こえる。


アルファ「戦士が秘宝を手に取ったのね」


ベータ「っ・・・」

と、玄関の扉に向かって走っていく。


アルファ、両手で覆っている顔に笑みを浮かべる。


〇長老の家の前(昼)


玄関から飛び出してくるベータ。


ルベラ「! ベータさん」


ベータ「(必死な表情で)ルベラさん、道案内をお願いします!」


ルベラ「え?」


ベータ「急いで他の場所に行きたいんです! 走って案内をお願いします!」


ルベラ「この場所からだと、どんなに急いでも1時間はかかりますよ」


ベータ「それでも、どうしても急いで行かなきゃいけないんです!」


ルベラ「どうしてですか?」


ベータ「・・・」


ルベラ「ベータさん?」


ベータ(M)「オレのせいで、みんなが地獄に落ちるなんて・・・」


地面に崩れ落ちるベータ。


ルベラ、ベータを見つめる。


ルベラ「・・・急いでる理由は秘宝と関係あるんですか?」


ベータ「!」


ルベラ「この警報音が鳴ってるのは、誰かが秘宝を移動させてるからです。急いでる理由は、この緊急事態と関係あるはずですから」


ベータ「・・・はい。どうしてもオレは秘宝のところへ行かなきゃいけないんです」


ルベラ「行ってどうするんですか?」


ベータ「・・・それは言えないです。でも、オレは行かないと」


ベータ、目を伏せて歯を食いしばる。


ルベラ「・・・」


ベータ「・・・」


ルベラ「案内します。秘宝のところへ」


ベータ「え?」


ルベラ「私について来てください」


〇階段(昼)


ルベラと並んで階段をおりるベータ。


ベータ「どこに秘宝が隠されるか知ってるんですか?」


ルベラ「知りません。でも、私は秘宝がどこにあるか感じとることができるんです」


ベータ「!?」


ルベラ「生き物はそれぞれ力を放ってます。単体では小さな力ですが、数が集まると大きな力になるんです。私は、大きな力を放ってる場所を感じとることができます」


ベータ「大きな力・・・」


ルベラ「たとえば、山の中のどこに動物が多くいるかとか、町に人が多いかどうかがわかります。里では私だけが唯一この特別な力をもってるみたいです」


ベータ「でも、秘宝は・・・」


ルベラ「はい、秘宝は生き物じゃないんですけど、なぜか大きな力を放ってるので、かなり正確な位置がわかるんです」


ベータ「・・・ルベラさんが秘宝の位置を感じとれるということを知ってる人はいるんですか?」


ルベラ「いないですよ。秘宝の位置がわかることは誰にも話していませんから」


ベータ「じゃあ、どうしてオレに?」


ルベラ「ベータさんが凄く深刻な顔してたので。ベータさんは悪いことするような人じゃないと信じれますから、秘宝のところへ案内します」


ベータ「・・・ありがとうございます」


ルベラ「(にっこりと笑む)」


〇長老の家の前(昼)


玄関から外に出てくるアルファ。


アルファ「(周囲を見回して)・・・」


〇山の中(昼)


ルベラの後ろをついていくベータ。


ルベラ「もうすぐです。戦士じゃなくて、敵が秘宝を持ってる可能性もあります。その場合、私は何も力になれません。ベータさんの催眠術で倒せますか?」


ベータ「・・・大丈夫です、オレが倒します」


ルベラ「心強いです」


ベータ「(ルベラの後ろ姿を見つめて)・・・」


ルベラ「敵と争うことになった場合は、私のことをかばったりしなくても大丈夫です。私が本当に危険な目に遭いそうになったら、妖精たちが助けてくれますから」


ベータ「妖精たちが?」


ルベラ「はい。なぜか昔から必ず妖精たちが守ってくれるんです」


ルベラの肩の上に現れたり消えたりする妖精。


ルベラ「あの、秘宝のところに案内したら私も旅に連れて行ってくれませんか?」


ベータ「え?」


ルベラ「私、ベータさんと一緒に旅がしたいです」


ベータ「・・・ルベラさんが望むなら、いいですよ」

と、目を伏せて歩く。


ルベラ「やった! 私もベータさんの仲間になれるんですね」


ベータ「(目を伏せたまま)・・・」


ルベラ「仲間になったら、一緒にお風呂も入れますよね?」


ベータ「(ルベラを見て)・・・え?」


ルベラ「(赤面して)秘宝はすぐ近くです・・・」


〇巨木の前(昼)


巨木を見上げているベータとルベラ。


ルベラ「この木の中に秘宝があるみたいですね」


ベータ「木の中?」


ルベラ「ここにある大木は絶対に伐採してはいけない決まりになっています」

と、1本の巨木に近づいていく。


木の幹を触っていくルベラ。


ルベラ「あ」

と、木の幹で開閉可能な部分を見つけて開く。


幹の中に1つの宝石が見える。


ベータ「!」


ルベラ「ありました」


宝石がある巨木に近づいていくベータ。


ルベラ「!」

と、幹の開閉部分を閉める


ベータ「え?」


ルベラ、ベータを通り越して巨木から離れていく。


ベータ「?」


四足歩行の魔獣の背中に乗った1人の戦士が来る。


戦士D「あら、ルベラちゃん。こんなところで何してるの?」


ルベラ「ちょっと散策です」


ベータの姿は巨木で遮られて戦士とルベラには見えない。


ベータ、宝石のある巨木の幹を開ける。


宝石が見える。


緊張した表情で宝石に手を伸ばすベータ。


魔獣に乗った戦士が猛スピードで去っていく。


ルベラ「なんとかごまかせました」

と、巨木の方を向く。


秘宝を握りしめたベータ、巨木から姿を現す。


ルベラ「え・・・ベータさん、もしかして秘宝を手に持ってます?」


ベータ「・・・やっぱりわかるんだ」


ルベラ「ダメです! さすがに秘宝を動かすのはよくないです。もどしてください」


ベータ「ルベラさんには嘘をつきたくないから、本当のことを話すよ」


ルベラ「え?」


ベータ「オレの目的は秘宝を奪うことなんだよ」


ルベラ「(衝撃を受けた顔で)・・・冗談ですよね?」


ベータ「聞いてくれ。全ての人を救うためなんだ」


ルベラ「まさか・・・」


ベータ「この世界の人たちは死んだら地獄に行く仕組みになってる。でも秘宝を集めて世界を滅ぼせば天国に行く仕組みに変わるんだ」


ルベラ「それって、悪魔の教えじゃないですか・・・」


ベータ「!」


ルベラ「(必死な表情で)ベータさん、騙されてますよ! 秘宝を集めても世界が滅びるだけです!」


ベータ「・・・」


ルベラ「悪魔の教えをベータさんに吹き込んだのは、あの仲間の人ですか!?」


ベータ「仙人も言ってたから本当の話だよ」


ルベラ「誰が言おうと嘘なんです! 正しいと証明できますか?」


ベータ「誰にも証明できないらしい」


ルベラ「それは嘘だからですよ! 秘宝をもどしてください!」


ベータ「ごめん。オレは行くよ」


ルベラ「ダメです!」

と、ベータに駆け寄ってしがみつく。


ベータ「・・・眠ってくれ」


倒れそうになったルベラを支えるベータ。


ベータ「(目を固く瞑って)・・・」


妖精たちがベータとルベラを見ている。


ベータ「(妖精に)安心して。この子を傷つけるようなことはしないよ」


〇長老の家の前(昼)


ベータとルベラ、最後の階段をのぼる。


操り人形のような表情のルベラ。


長老の家の前に立っているアルファ。


アルファ「・・・ベータ」


ベータ、秘宝をアルファに見せる。


アルファ「! どうやって?」


ベータ「・・・秘宝を持ってる戦士が倒れてるのを偶然見つけたから奪ったんだ」


アルファ「そう。運がよかったわね。でも、そういうことは二度とないわよ。十分わかったでしょ? 私たちの責任の重さが。これからは甘さを捨ててね」


ベータ「・・・」


アルファ「次の場所は甘さを捨てなければ絶対に秘宝を奪えないわ」


(続く)




【今後の展開】

秘宝を奪うために他人を欺いたり、利用したり、裏切ったりすることに葛藤していくベータ。地球での一般的な善悪の考え方がベータを苦しめる。

旅の中で、困っている者や助けを求めている者を目にすると、ベータは自身の能力を使用し救おうと行動していく。全てがいい結果に結びつくわけではなかったが、感謝されることもあり、ベータは誰かの役に立つことに心地よさを覚える。一方、秘宝に関係のないことにまで首を突っ込むベータに対してアルファは苛立ちを募らせる。

各地で秘宝が奪われているという情報が世界中で共有されたことにより、王は秘宝を死守するために、残りの秘宝がある場所に特殊能力や魔法が使える兵士を派遣する。

異能の兵士が秘宝の警備に加わったことによって、ベータたちの秘宝を集める旅は一層難しいものになっていく。

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